最近よく思うことなのですが、純粋性って偉大だなと感じます。人間の心を動かすものは全部この上に成り立っていると言っても過言ではないような気がします。この純粋性というのは定義が曖昧なのでもう少し具体的にすると、目的があるなしに関わらず、邪念のない行為や想念と定義することにします。さっき羽生結弦のニュースを見ても思いました。羽生結弦が目指したのは今までの自分を超えるという邪念のない行為で、その行為を周りの人が見て結果勇気づけられていると言えます。
仮説思考
何か問題を解決する際に考えられる要因を全部考えてそこから結論を出すということをやってしまいがちですが、時間制約のあるビジネスの世界ではあまり得策とは言えません。なぜかというと、結論に全く関係のないものに時間を使ってしまって、時間が経過することによってさらに別の問題が出てきてしまい、結局解決できないという事態が起きてしまう可能性があるからです。それよりも予め結論を仮定しておいてその結論にそった要因を洗い出して決めてしまった方が効率がいいのです。もちろんその仮説そのものが間違っている可能性もあるのですが、その場合はすぐに間違えに気づくことができ、すぐに別の仮説を立てて検証すればいいのです。